こんばんは。
 皆様、八宝菜に訪れてくれてありがとう。そして、TERAYAMAに訪れてくれてありがとうございます。

 私は、寺山靖国と申します。
大好きなジャズ評論家、寺島靖国さんの名前を勝手にもじらせていただいてます。寺山修司さんではございません。
 私は、八宝菜さんのおかげでいろいろなことをこのページに書かせていただいております。まずは、八宝菜さんありがとう。
このページは、確か2000年の10月ぐらいから始まりまして。早いもので、8ヶ月経ちました。今回は、何の区切りにもなっていないですけれど、今回扉のページをチェンジさせていただきます。
なんでもかんでも、ぶちこんで楽しもう!という、八宝菜さんからの依頼を受けてまずは、音楽園から始めさせていただき、それから、映画の園、つぶやき、国子とか4つぐらいのコーナーができました。
 これまでの私は、なんでもしたいけど、何もできないし、何もする場がないという、現代人にありがちな悩みに陥っていました。
色川武大という人の小説で「したいことはできなくて」というのがあります。やりたいことがあったのに、すい臓ガンで死んでしまって、結局できたのは、死んでから嫁さんのまくらもとに毎晩出ることだけだったという小説です。ブラックユーモアだなと、思いながら、他人事ではなく、もし八宝菜に声をかけてもらわなかったら自分もそんな感じだったかも。と、思います。
雑文でありながら、このように書かせていただき、世の中に紹介までしていただいて、自分の思いをとげられた気がしています。
ありがとう。

 それでは、寺山のページ紹介です。
   音楽園
 音楽は昔から好きでした。別に踊りに行くこともなかったし、楽器を扱えるわけでもないけれど、音楽は好きでした。
音楽を聴いていると、心のわだかまりがとれました。目が大きく開きました。料理をしていたら、いつもより、軽快にニンジンを切ることができました。大根おろしを早くすることができました。魚もうまく三枚におろせるようになりました。くぎが、早くうてるようになりました。 そして、今、キーボードを夢中でたたきつづけられるようになりました。音楽に感謝です。多謝陳謝です。音楽があって、この、音楽の園を書けるようになったのです。
思わぬ変化もあります。文章をこのように書き始めると今までより他人の文章を客観的に読めて、しかも、深く読めるようになったのです。(どうだいすごいだろ。みてごらんよこの筋肉!って感じの表現で、まるで、テレビショッピング。)ここ数ヶ月ですけど、他人がどのような意識の元で文章を書くのか?などという、今までとは異なった視点が生まれ始めたのです。また、無視をしていた、英語の歌詞を読み始めたので、音楽の理解も深まりつつあるのです。
ということで、文章を書くことはすばらしい。とわかり始めています。
また、読んでいただいていることもうれしくて、それが張りになって、次のねたを考えるようになって、それもまた、楽しいです。

   映画の園
 次に映画の園ですが、映画を見るというより、映画の評論家には魅力的な人が多く、淀川、安西、小林、ピーコなどそんな人の著作を読めるようにと思って書き始めましたが、映画は、自分の考えを伝える前に、どうしても映画のそのものストーリーを書いてしまって、文章が冗長に成ってしまいます。
そして、やっと自分の話を伝えるときには、、映画のストーリーを超えるのは難しくて、話がどうしても尻切れになってしまう。きっと、私自身が作者の世界に引き込まれるのだろう。そして、映画の世界を抜け出せないのだろうと思います。
それを思うと、うまく、人生論とかに引っ掛けて、そして、魅力ある映画紹介を続ける淀川さんはすごい人だと改めて感じました。
ということで、映画の園はなかなか進みません。もしアップしたときはまたよろしくお願いします。

   つぶやき
 つぶやき。世の中は、言葉にあふれています。電車に乗っていて自分が黙っていても回りの人の言葉がいやでも耳に入ってきます。
車の話。彼氏の話。競馬の話。学校の話。近所の噂話。これらの話をくだらないことといって聞き流すのは誰でもできるけれど、もったいないぞ。俺なら、そこに、かってに入りこんで独り言を言いたいぞという意図で作りました。
面白くないことを、いかに面白く言うか?大したことではないことをいかに重要そうに話すか?というのは、小説家にとっては難しく崇高なことであり、政治家にとっては、命運を分ける能力です。
私の場合はそんなことお構いなく「ほのぼのとした感じ」を出せるようにやりたいと思っています。

   国子抄
 国子は、不二子ちゃんみたいな感じ。突然現れては、寺山なんかより、むちゃなことをべらべらべらっと話まくってそして、無責任に消えていくそんな存在。どこにでも現れて、絡んでいく。
女風呂に乗り込んでいく変なおじさんみたいなもの。私には手がつけられません。
どこに行くつもりですか?そんなに急いで?リカコもいいけど、サガンもいいぞ。平気涙の乾いたあとには夢への扉があるのは、「悲しみよこんにちは」。
国子を追って寺山は、今日も、ローバーを走らせるのであった。続く。


 書き始めのころは、なかなか自分の殻を抜けられなくて、思っていたより書けないし、おれには、何も書くことなんてないな!と思っていましたけど、なんとなく続けているうちに、ロッキンオンの20000字インタビューぐらいの字数は、書けたんじゃないか?と思って、そして自己満足をしています。
いやー世の中ってほんとおもしろいですね。さよならさよならさよなら。あの服とこの帽子ってちっともあわないわね。
ということです。よろしくお願いします。



T E R A Y A M A




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